長崎市 世界遺産「グラバー園」に行く

国内の庭

サッカーJ2の応援で長崎に行ってきました。
試合結果は惨敗で翌日はとても観光気分ではありませんでしたが、
せっかくの長崎遠征なので、基本だけは押さえることとします。

ということで長崎随一の観光名所、世界遺産「グラバー園」+α の記録です。

路面電車で最寄りの「大浦天主堂」まできました。
  

ここから「グラバー通り」という坂道を上っていきます。
飲食店やお土産屋さんがいろいろあります。
  
  

坂の途中、いい感じの庭を持つ建物を発見。
「祈りの丘絵本美術館」の看板があります。
  

洋館の前庭が見事なナチュラルガーデンになってます。
味わい深い塀は、古い建物を解体して煉瓦・瓦をランダムに配置したようです。
庭は奥に滝の流れ口があって、入口まで小川を流し水を循環させているとのこと。
是非とも入りたかったのですが、定休日ということで塀の上から撮影にとどめます。
  

「グラバー通り」を上りきると
広場のような空間になってます。

まずは正面の「大浦天主堂」に立ち寄ります。
幕末の開国にともなって造成された長崎居留地に、在留外国人のために建設された教会です。
中世ヨーロッパ建築を代表するゴシック調の教会で、現存するものでは国内最古とか。
ユネスコ世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつになってます。

  

大浦天主堂の敷地内には、小さな日本庭園もありました。
聖ヨハネ・パウロ2世の胸像もあります。
  

池の鯉が黄金色で神秘的でした。
  

今回は時間に余裕がないので、さらっと見てグラバー園に移動します。
  
 

グラバー園の入り口に来ました。
  
  

まずはエスカレーターで上ります。
  

さらに2つ目のエレベーターで上ります。
  
  

2つ目のエレベーターを上りきったところに管理事務所(料金所)があります。
  
  

料金所を通ると、動く歩道で上ります。
   

動く歩道から見る、長崎の町。
山の斜面に沿って多くの住宅が建てられています。
  
  

ここで全体図を確認。
重要文化財が点在してますが、最初に一気に最上部まで上ってから
①~⑨の順番に少しづつ降りてくるのが推奨ルートのようです。
  

というわけで2つ目の動く歩道で上りきります。
  
  

一番高い場所まで来ました。
旧三菱第2ドックハウスです。
三菱造船所の外国人乗組員用の宿舎で、明治期に建てられてここに移築されました。
  

旧三菱第2ドックハウス辺りから長崎市中心部を見る。
平地が少なく三方を山に囲まれたすり鉢状の地形になっているのが良くわかります。
真ん中あたりに28階のタワマン「タワーシティ長崎」が見え
川を挟んで向かい側に県庁・長崎駅等が位置します。
左手は長崎のランドマーク稲佐山につながります。
開幕末に各国から来た外国人たちはこの絶景に魅せられて、この地を住居地として選んだのだと理解しました。
  

庭園内の花壇には葉ボタンが植えられていました。
  
  

旧リンガー住宅の辺りまで降りてきました。
グラバー商会に勤め、のちにホーム・リンガー商会を設立したフレデリック・リンガーの旧邸。
明治から昭和にかけて、リンガーとその家族が親子三代で暮らしたそうです。
  

床石はウラジオストクから運ばれた御影石を敷いています。

旧リンガー亭横のベンチの前にある円柱状の石はなんでしょうか?
   

芝生用のローラーです。
明治初期この一帯は芝生で覆われており、その手入れのために使用されていました。
イギリス文化を日本に持ち込んだことがわかります。
  

旧リンガー住宅の裏は、バラの庭を通って旧オルト住宅につながるようになってます。
※今回、旧オルト住宅は修復作業中のため立ち入りはできませんでした。
  

下に向かって降りていきます。
途中、「旧自由亭」なるカフェがありました。
長崎市内にあった日本人初の西洋料理専門店「自由亭」をこの地に移築したとのことです。
  

旧グラバー亭住宅の辺りまで降りてきました。
スコットランド出身の貿易商人トーマス・グラバーが、親子二代に渡り暮らした、現存するわが国最古の木造洋風建築です。
  
  

左手にそびえたつ大樹は樹齢300歳を超えるソテツ。
この木は薩英戦争の終戦の仲立ちをしたり、軍艦の建造に尽くしたりしたグラバーに対し、薩摩藩主が贈ったものです。
  

温室に入ってみました。
東南アジア原産の洋ラン等がグラバーによってこの温室に持ち込まれて、日本に広まったとのことです。
   

他にも見どころたくさんあったのですが、時間がないので早めに切り上げます。
   
  
  

市内中心部の眼鏡橋まで戻ってきました。
東京の「日本橋」、山口の「錦帯橋」と並び日本三名橋だそうです。


 

眼鏡橋の近くに、「シーボルトの桜」なる木を見つけました。
江戸時代に長崎で西洋医学を伝えたシーボルトが、1866年頃桜を持ち帰り
ヨーロッパに紹介しました。
その140年後に当時持ち帰った桜の子孫とされる木が長崎に帰ってきたとのことです。
  
初めて来た長崎、
 スタジアムは日本一素晴らしいし
 路面電車は風情たっぷりだし
 山あり海ありの風光明媚な地形だし
 夜景はきれいだし
 面白そうな離島もたくさんあるし
で、いいところでした。

  
  

試合に負けてなければ、もっと観光を楽しめたと思います。
いつの日か再訪し、今回のリベンジを果たしたいものです。

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