六義園の後、すぐ近くの旧古河庭園にも立ち寄ってきましたの記録します。
ここは古河財閥の3代目・古河虎之助によって大正時代初期に作られた庭園。
台地に洋風庭園、低地に日本庭園、敷地左側に茶庭と、3つの庭を持つ懐の深い庭園です。
六義園と共に「都立文化財9庭園」の一つでもあります。

駒込駅から本郷通りの商店街を通り抜け、緩やかな坂道を上がっていきます。
たぶん、この左側の石塀の向こう側が庭園ですね。

坂を上り切ったところで左に行くと庭園入口です。

それでは入ってみます。

都立庭園の定番、「今日の庭仕事」の看板です。
本日は庭木の手入れをしているようです。

六義園ほどの広さはありません。
ざっくり横100m、縦150mくらいでしょうか。
洋風庭園の奥に日本庭園があるようです。

最初に目に入ってくる洋風庭園のシンボル、石造りの洋館。

英国貴族の邸宅にならった様式で作られた洋館。
外壁は真鶴産の赤味をおびた新小松石で仕上げられていて、雨に濡れた時の色調が素晴らしいとのことです。

洋館の周りがバラ園になってますが
バラはあまり得意ではないので、今回は素通りします。

台地の一番高い場所に洋館があり、一段下に本格的なバラ園があります。

「今日の庭仕事」はこのバラ園の手入れのようでした。

ここはバラ好きの方にとっては聖地のような場所かと思います。
本日は、ロープが張られたバラ園を横目に先に進みます。

バラ園越しに洋館を振り返る。
シンメトリックな整形花壇です。
この構図は、以前記事にした「山手イタリア山庭園」を思い起こします。

整形花壇から一段下がったエリアに、ツツジ園があります。
ここが和洋折衷の緩衝地帯になっていて、この先の日本庭園に続くように設計されています。

日本庭園に入りました。
完全に別世界になります。

日本庭園の作庭者は京都の植治こと小川治兵衛。
この渓谷は、植治が最も力を入れた場所の一つとか。

渓谷を構成中島へしている中島へ渡ります。

中島から対岸への橋は、既視感があります。
先日記事にした「六義園」の人気スポット渡月橋によく似た橋です。

雪見灯篭の辺りまできて振り返ります。
この視界の先には洋館があるのですが、林によって隠されていて完全な日本庭園にしか見えません。

灯篭の後方には枯滝が作られてます。
奥の滝から渓谷へ水が流れ・・・・

渓谷からこの州浜を通って、池に流れていく様を石組みで表現しています。

心字池を眺めながら、右上の東屋方向に戻ります。

途中、右手の石組みの小径を入ってみると・・・

茶室がひっそりと佇んでました。
こちらは深山幽谷の景がしっかり表現されてます。

茶室の周辺は、このような豪快な石組みになってます。
崩石積(くずれいしづみ)という京都伝統の手法で、石と石が嚙み合って崩れそうで崩れない姿が美しいとされているとか。
植治の力作と言われてます。

展望台の近くまで来ると、敷地の高低差を利用した大滝があります。
曲折した流れから数段の小滝となって最後は深い滝つぼに落ちるという、なかなか凝った作りです。


ここを上がって展望台に戻ります。

高さ的には、最初の洋館の位置まで戻りました。

展望台からあらためて全景を確認すると
洋館から一段下がって整形花壇があって・・・

さらに一段下がって、ツツジ園があって・・・

その下の日本庭園に続く構造がよくわかります。
和洋が調和する大正の名園「旧古河庭園」。
おしゃれな洋館があって
バラの整形花壇があって
植治力作の日本庭園があって
茶室もさりげなくあって
どんな人でも楽しめる見事な庭でした。

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